本当に7歳のVernonはThurstonを騙したのか?


ふらふらとネットを見ていると「7歳のVernonがThurstonをパスで騙した」という話をみた。

そもそもVernonがマジックをはじめた年齢はわかっていない。5歳とか7歳とか諸説ある(いまのところは7歳説が有望)。なのに、なぜ7歳のVernonがThurstonを騙したという話があるのか、とても疑問に思えた。

その話の主に、ソースは何かを聞いてみると、『The Vernon Chronicle』の4巻に収録されているという。ぼくは3巻までしか持っていなかったが、Vernonによる『The Vernon Touch』でも言及されたことがあるらしい。

いざ見てみると、確かにThurstonを騙したという話が書いてあった(上:"The Vernon Touch", Genii, July 1970, p. 479)。Vernon研究で有名なDavid Benも同じことを書いてあった(下:"Dai Vernon: A Legacy of Magic by David Ben", Genii: The Conjurors' Magazine, June 2006, p. 64)。

I was never an admirer of Thurston, because when I was a boy 7 years old I did with 2-handed pass for Thunston and he didn't know how I got the cards. I said, "Well, I just used the pass, Mr. Thurston," and he said, "What are you doing?", he'd never seen a pass, evidently, and didn't know what it was.

At the age of seven, already enthralled by the clandestine world of conjuring, Vernon met Howard Thurston, a self-described "master" manipulator of playing cards. Invited to the home of a friend whose father was entertaining Thurston, Vernon fooled the master with a simple card trick drawn from Thurston's own publication, Howard Thurston's Card Tricks.

いずれもVernon本人による記述であり、「まあ本人がそう言うんだから、そうなんだろう」と一見思う。David Benはどこまで調査したのかわからないが、『The Vernon Touch』を論拠に記していると思われる。

しかし本人の話をそのまま鵜呑みにしてはいけない。それはぼく自身が小野坂東の話を聞いていてよくわかる。トンさんはスラスラと昔話が出てくるが、よくよく聞いていると——50年も前の話を記憶している時点ですごいのだが——時系列があわないで矛盾しているところがある。

人間の記憶はもろい。間違えるのが自然である。

さて、Vernon本人の記憶はどうだろうか。ぼくは、やはり慎重になるべきだと思う。

例えばVernonは、「『The Expert at the Card Table』を暗記するまで読んだ」というエピソードがある。いつ手に入れたかというと、8歳の時、当時カナダ政府にある著作権・商標部門で働いていた父親から紹介された時だという("The Vernon Touch", Genii, August 1970, p. 517):

"The Expert at the Card Table" by Erdnase, and it was only 25 cents. It had a large King of Hearts on the stiff-board caver, and I walked in and bought this book. I brought it home and showed it to my father. He said, "Yes, that's ithe book."

じつは、このVernonの思い出話には誤りがある。

当時8歳(1902年)の『The Expert at the Card Table』の表紙にはハートのKがない。表紙にハートのKがあるのは、初版本ではなくDrake社による再販本である。つまりVernonは8歳だと回想しているが、これは11歳の話である——同様のことをMike Cavenyも指摘している(MAGIC, June 2008)。David Benによれば、8歳のVernon少年が買ったのは『The Expert at the Card Table』ではなくF. R. Ritterの『Combined Treatise on Advantage Card Playing and Draw Poker』だと考えられている。

Vernonに限らず人間の記憶は曖昧であり、そして大人は子どもに対してリップサービスをするのが常であろう。多くのマジシャンが現役時代のThurstonと出会っているが、同様の話は無い。少なくとも、1920年代に渡米した松旭斎天勝一座がThurstonを騙したというエピソードは伝わっていない——むしろThurstonの水芸にコテンパンにされた。

現役バリバリの天勝や若手時代の天海をコテンパンにしたThurstonが、わずか7歳のVernonに騙されたというのは、まずありえないと考えるのが自然であろう。伝説は伝説を生む。エピソードが抱負なのは偉人の証であり、Vernonが偉人であることは間違いない。

だから、もしあるとすれば、それはThurstonの優しさである。Thurston当時32歳、いい大人なんだから当然の振る舞いであろう。それをVernon少年は喜んだと考えるのは変な話だろうか。

ちなみに最初の写真は、Vernonが来日した1969年7月の写真である。プロフェッサーと崇める西洋人なら絶対に残さないであろう一枚かもしれない。人間らしい写真で、ぼくは好きだ。

追記:2026年1月6日

この話の主より「当時の舞台マジシャンはクロースアップに疎かった」という指摘を頂いた。

人間には誰しも専門分野があり、マジックの場合は知らないと容易に不思議にみえる場合がよくある。クロースアップに詳しくないステージマジシャンは多い。その点においては、Thurstonがクロースアップで騙されたというのは確かにありえる話だ。

しかし、当時現役バリバリだったThurstonが、『Modern Magic』(Hoffmann)や(少し後になるが)『The Art of Magic』(T. Nelson Downs)を読んでいなかったというのは考えづらい。

Thurstonは当時の流行に乗ってThrow-Outカードを作り、舞台から客席めがけてカードを投げた。これは他のマジシャンからインスパイアされたもので、既に多くのマジシャンと交流があったことがうかがえる。

そんな現役プロが、「クロースアップに疎かった」というのは、どこまで考えられる話なのだろうか。