Fred Kaps「幻の3度目の来日」の真実

 

Fred Kaps(ぼくはカップスと呼ぶがカプス派もいる)はオランダのマジシャンで、FISMグランプリを連覇したマジシャンである。ヨーロッパ人独特の気品ある演技はすばらしく、いまなお多くのファンがいることで有名である。

Kapsの映像はいくつか出ているのでいまでも見ることができるのだが、過去に2度来日したことがあり、生で観られる機会があった。1回目が1976年に開かれたPCAM(Pacific Coast Association of Magicians)による東京大会(上の写真がそれ)、2回目が1979年に開かれた力書房(ちからしょぼう)によるイベントであった。これらに参加した多くのマジシャンはいまでも「生で観たKapsは凄かった」と口をそろえる。

しかしどうやらKapsには「幻の」3度目の来日があったという。幻というよりうわさレベルの話であり、正確なことはよくわかっていない話であった。

ことの発端は、マジックネットワーク7が2024年9月16日に開催した「MN7特別例会:蓮井ビデオコレクションの研究」であった。故・蓮井彰(はすい・あきら)のビデオコレクションを元にKapsについて振り返ったのだが、後日談の中で「実はKapsが来日したのは2回ではなく3回である」という話が出てきたのだ。

これまで「Kapsは2度しか来日していない」というのが定説であったため、3度目の来日は衝撃であった。しかも驚きなのは、初来日だと思われていた1976年よりもっと前に来日していたというのだ。誰もそんな話を知らなかった。その後しばらくマジックネットワーク7の中で議論が交わされたが、決定打となる資料を見つけることができず、調査は自然と打ち切りになった。

じつはKapsは3回来日していた——そんな話を忘れかけていた2025年のある日、まったく関係ない資料を眺めていると、Kapsが3回来日していたことを明確に示した資料をみつけた。


1968年の『奇術界報』327号に掲載されている「フレッド・カップス氏のシルクトランスポジション」の序文に、Kapsが来日した話が書かれていたのだ。高木重朗(たかぎ・しげお)が、Kapsが滞在していたホテルオークラに足を運び、マジック談義をしたという(1頁):

〔1968年〕11月11日にオランダの名手フレッド・カップス氏がオランダ航空の招待で来日した。カップス氏は11日のNET〔現:テレ朝〕のアフタヌーンショーとNHKのテレビ招待席でその妙技を公開したので御覧になった方も多いと思う。(…)わたしは12日の夕方ホテルオークラにカップス氏をたずねた。氏はいそがしい日程にもかかわらず、心よくあってくれた。

この番組を見た記憶のあるマジシャンはいるものの、正確な年や日付がわからなかった。また、ほかの情報によってその番組が正確な情報かどうかがわからなかった。それが『奇術界報』のおかげでわかった。Kapsの初来日は1968年11月、2回目が1976年のPCAM東京大会、3回目が1979年の力書房だと判明した。

活字は偉大である。もしアーカイブが現存していれば映像を見ることができるだろう。


そういえば先日、村越邦雄(むらこし・くにお、左)から提供いただいたアルバムにKaps(中央)と映っている写真があった。高木重朗(右上)だけでなく小寺幸作(こでら・こうさく、右下)も写っているので、この1枚は1968年ではなく1976年か1979年であろう。

本当にKapsは3度来日していた!——幻が現実になった瞬間である。これだから、マジック史研究はやめられない。